ひとまず安全、と気を抜けたのは、校長室に入り鍵を閉めた後あった。
「はー、はー、はー、……」
一人、校門から猛然と道場に向かう途中、突然大量の異形の化け物に出くわし、回避行動を行いながら追い詰められ、辿りついたのがここだった。
玲王は、竜ヶ峰邸で過ごした数年間、魔術に関する修行を強いられてきた。
魔族の危険性についての知識もある程度備えている。――が、実際に魔族からの敵意に晒されたのは、これが初めての経験だった。
少年はいま初めて、本物の魔族が殺意を込めた視線というものを体感していたのである。
真に魔族と戦うということは、死を観念することに他ならないと……幼い頃教えられた大原則を、今こそ玲王は身に染みて味わっていた。
それほどまでに、浴びせられる魔族どもの視線はおぞましく致命的だった。
やつらが殺意を向けてくるというのが、これほどまでに決定的な〝死の宣告〟であったとは――玲王はついぞ知らなかった。
独り恐怖におびえる少年は、しかし剣をとる。
その無骨で巨大な剣を手に、湧き上がってくる想いはただひとつ……守りたい。
そこにあるのは、恐怖に震える少年の顔ではなく、死を覚悟しつつもそれに必死で抗おうとする戦士の顔であった。
決然と、玲王は一歩を踏み出す。
待ち受ける魔族らの、その間合いへ向けて……
---魔族との死闘ののち、道場へと駆けつけた玲王は、絶句していた。
惨憶たる破壊の爪痕が刻まれている道場。すでに上面、側面の壁はあらかた倒壊し、床も畑の畝のように掘り返されている。
戦場となったその一角だけが、まるで直下型の大地震とハリケーンにでも見舞われたかのような有様だった。
そんな惨状のただ中、玲王は目撃した。
理沙が切迫した気迫とともに敵らしき者にとどめの一撃を見舞った瞬間を。
そして唐突に理解する。
すべてがこの瞬間終わったのだと。
END
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