とある男の話をしよう。
誰よりも使命に燃え、それ故に間に合わなかった男の物語を。
彼は魔術師の家に生まれたにも関わらず、絶望的なまでの抗魔術的能力を備えていた。
彼が期待されていたのは魔術的素養1点のみ。
いつしか本家から追い出され、分家で暮らすようになっていた。
だが彼は絶望しなかった。
家族に捨てられたという事実から目を背けることなく、乗り越えた。
本家で受けた教育で魔術の恐ろしさは理解していたため未練はなく、
その閉鎖的な環境にはうんざりしていた。
彼、竜ヶ峰玲王の良いところは前だけを見つめ、後ろを振り返らないところにある。
---事件の数日前---
放課後の道場、いつも通り部活に励む中、小柄な老人が道場に現れる。
古文兼剣道部顧問「近藤」。カカッっと朗らか笑う豪放磊落な人物である。
老齢にして小柄な体つきにも関わらず、
1年にして全国大会出場を果たし調子に乗っていた玲王を叩きのめすという
荒業を息ひとつ乱すことなくやってのける兵である。
余談となるが、このときに近藤から言われた言葉
「海を泳いでる最中に海の広さは分からんよ」
は今でも玲王の心に深く刻まれている。
「にゃむにゃむ…竜ヶ峰君ちょっといいかね」
すぐさま練習を中断し、近藤の元へ向かう。
「高原君が退部届けを提出しましたよ」
「・・・え?」
竜ヶ峰玲王は決して他人の主張を軽視する人物ではない。
高原には高原の事情がある。
辞めるにしても理由くらいは話してほしいと思うが、
無理やり聞き出すようなこともしたくない。
しかし現在男子剣道部員は高原含めて5名のみ。
団体戦に出場する最低限の人数しか在籍しておらず、
そこから高原が抜けるということは、団体戦に出場できなくなることを意味する。
さらに、ただでさえ人数の少ない剣道部である。
部員数が減ったことをこれ幸いと、柔道部に練習日を奪われる可能性も少なくない。
団体戦うんぬんもさることながら、さしあたって部活の縮小が最大の壁となる。
部員数を増やせれば簡単に解決する問題ではあるが、校則で部活への入部が義務付けられているこの学校では、6月の時点で増員することなど不可能であった。いや、不可能なはずであった。
高校生活最後の夏大に出場するべく、竜ヶ峰玲王は理沙スノーホワイトと高原の説得を固く決心する。
to be continued
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